大阪高等裁判所 昭和52年(う)688号 判決 1978年1月18日
被告人 金光律
主文
原判決を破棄する。
被告人を懲役二年に処する。
原審における未決勾留日数中八〇日を右刑に算入する。
理由
本件控訴の趣意は、検察官栗本六郎提出にかかる検察官正木良信名義の控訴趣意書記載のとおりであるから、これを引用する。
控訴趣意中事実誤認の主張について
論旨は、要するに、原判決は、本件覚せい剤の輸入について営利の目的を否定しているが、右覚せい剤は極めて大量かつ高価なものでこれを自己の股間に隠匿するなど巧妙な手段方法により犯行がなされたことに加え、被告人において同犯行が発覚した場合に右覚せい剤を没収されて多額の損失を蒙るとともに厳罰を受ける危険性があるのに、敢えて犯行に及んだことなどの情況事実を総合すると、本件は、被告人が覚せい剤密輸組織の運び屋としてか、若しくは自ら一かく千金を企図するなど何らかの財産的利益を得ようとして敢行したものと推認され、優に営利目的を認定しうる事案である。これに反して営利目的で覚せい剤を輸入したことを否定する被告人の弁解は、その供述自体に合理性が乏しくかつ兵庫県警察本部刑事部科学検査所技術吏員濱永裕作成のポリグラフ検査鑑定書と対比し、たやすく信用できないものであり、以上の情況証拠およびポリグラフの検査結果からみて優に営利目的を認定できるのに、これを否定した原判決は、証拠の取捨選択ないし評価を誤つた結果、事実を誤認したものであり、その誤りは判決に影響を及ぼすことが明らかであるから破棄を免れないというのである。
そこで、所論にかんがみ記録を調査して検討するのに、原判決の挙示する各証拠によると、被告人は、原判決の覚せい剤粉末約三一一・二九八六グラムを携え、自ら一等航海士として乗り組んでいた韓国籍の貨物船大龍号に乗船して韓国釜山港から神戸港新港第四突堤に至り、同物件を本邦内に持ち込み輸入したこと、その取扱つた覚せい剤粉末は極めて大量かつ高価なものであり、当該犯行の手段方法も本邦上陸に際し右覚せい剤粉末をパンツの上から自己の股間にはさみ、その上に女性用ガードルを着用し隠匿して持込むという巧妙で手馴れたものであること、被告人はもともと覚せい剤事犯がきびしい規制対象とされ、発覚すれば厳罰に処せられるとともに自らの社会的地位を失う虞れのあることを十分承知しながら、その危険を顧りみないで敢えて本件犯行に及んだものであることが認められ、以上の認定事実、特に輸入にかかる覚せい剤の数量価格、その犯行の手口、態様および罪質に照らすと、営利性を否定するような特段の事情が認められない本件では、被告人は右覚せい剤輸入に伴いその販売利益の配分を受けるか、またはその運搬労務提供の対価を取得するなど何らかの方法により財産的な利益を得ることを意図していたものと推認するのが相当である。原判決は、営利目的を否定した理由として「具体的にいかなる報酬の約束があつたかについてはこれを確認するだけの証拠はない」旨判示しているが、もともと覚せい剤取締法四一条二項にいう「営利の目的」とは財産上の利益を図る目的を指称し、その認定にあたつては、何らかの財産上の利益を得る目的があつた旨認定判示すれば足り、その具体的内容を特定明示することを要しないものと解すべきであるから、この点に関する原審の前記判断は当を得ないものといわねばならない。もつとも、被告人は本件捜査段階の当初より終始一貫して営利目的を含む本件犯行を否認し、氏名不詳の韓国女性から茶色の封筒に収納してあつた前記覚せい剤をビーズ玉と思い込んで預りこれを同女の依頼により無報酬で神戸市内のパチンコ店に持参するつもりでいた。右封筒の中味が覚せい剤であることは逮捕されてはじめて判つた旨弁解するけれども、その供述内容には不自然、不合理な個所が多く認められるばかりではなく、ビニールで包装された前記覚せい剤粉末はその色合、形状、感触などからビーズ玉と間違えるようなことは殆んどあり得ないものと認められること、また被告人が右覚せい剤をビーズ玉と信じていたことと被告人の現実の行動とは必ずしも対応、符合していないこと、兵庫県警察技術吏員濱永裕作成のポリグラフ検査鑑定書掲記の被告人が特異反応を示した個所などに照らしても前掲弁解はたやすく信用できない。従つて、被告人は原判示覚せい剤を輸入するに際し、営利の目的を有していたものと認めるほかはないから、本件訴因につき営利目的を否定した原判決には事実誤認の違法があり、その過誤は判決に影響を及ぼすことが明らかであるから、破棄を免れ難い。論旨は理由がある。
よつて、量刑不当の論旨に対する判断を省略し、刑事訴訟法三九七条一項、三八二条により原判決を破棄し、同法四〇〇条但書に従い、さらに次のとおり自判する。
(罪となるべき事実)
被告人は、韓国籍貨物船大龍号に一等航海士として乗り組んでいたものであるが、営利の目的で、昭和五二年一月六日フエニルメチルアミノプロパン塩酸塩を含有する覚せい剤粉末約三一一・二九八六グラム(大阪高裁五二年押二七七号の一はその一部)を所持して韓国釜山港から前記大龍号に乗船し、同月八日午前一〇時ころ神戸市生田区新港町神戸港新港第四突堤P岸壁に入港接岸し、右覚せい剤をパンツの上から自己の股間にはさみ、その上に女性用ガードルを着用して隠匿し、同日午後二時一〇分ころ同船から右突堤上に上陸してこれを本邦内に持ち込み、もつて覚せい剤を輸入するとともに、税関長の許可を受けないで右覚せい剤を神戸市内に持ち込むため、保税地域内である前記神戸港新港第四突堤の神戸税関第四突堤監所前まで至つたが、同所付近で警戒中の同税関職員に職務質問を受けて発見されたためその目的を遂げなかつたものである。
(証拠の標目)(略)
(法令の適用)
被告人の判示所為中、営利目的で覚せい剤を輸入した点は、覚せい剤取締法一三条、四一条二項、一項一号に、無許可輸入の未遂の点は、関税法一一一条二項、一項にそれぞれ該当するところ、右は一個の行為で二個の罪名に触れる場合であるから、刑法五四条一項前段、一〇条により一罪として重い覚せい剤取締法違反の罪の刑で処断することとし、所定刑中有期懲役刑を選択し、後掲被告人に有利な情状を考慮して刑法六六条、七一条、六八条三号に従い酌量減軽をした刑期範囲内において量刑するのに、被告人が営利の目的で大量の覚せい剤粉末を巧妙悪質な手段方法で輸入し、関税を免れようとした本件犯行の手段方法、態様および取扱数量ならびに社会的影響の重大性などに徴すると被告人の犯情は重いものがあり、被告人には前科前歴がなく、一等航海士の資格をもつて正業に従事していること、本件覚せい剤は幸い早期に発見されて押収されていることのほか、被告人の反省状況および家庭事情など被告人に有利な情状を十分斟酌してみても、刑の執行を猶予するのは相当でないと認められるから被告人を懲役二年の実刑に処することとし、刑法二一条により原審における未決勾留日数中八〇日を右刑に算入し、原審および当審における訴訟費用は刑事訴訟法一八一条一項但書により被告人に負担させないこととして主文のとおり判決する。
(裁判官 原田修 大西一夫 龍岡資晃)